<日記>ブログ開始から5年目に突入しました katan レビュー

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<日記>ブログ開始から5年目に突入しました

ブログを始めてからちょうど4年が経ち、今日から5年目に突入しました。

もっとも旧ブログ時代からの通算なので、
ここ単独だと来月でまる2年ってところなんですけどね。
もうじき移転前より長くなるわけで、
ようやく馴染んできた感じですね。

まず最初に、WEB拍手を押していただき、ありがとうございます。
数に束縛されたくないので数字は表示されないタイプにしていますが、
やっぱり押してもらうとモチベーションの維持につながりますし、
嬉しいものです。

さて、始めた頃は4年を目標にしていたので、
一応は達成したってところでしょうか。
まぁ4年という数字に特に思い入れがあるわけでもなく、
単に始めた頃にブログの寿命は4年くらいって記事を見かけたものですから。
だったらそれくらいはやりたいよなと思ったまでです。
でも4年説も分かるような気もするわけで、
ぶっちゃけ飽きてきたような。
10年も続けているサイトとか、そう考えると凄いですよね。

本当は4周年記念に何かやれたら良いのだけれど、
ちょっと忙しいので間に合いません。
1つ考えていることはあって、具体的にはアダルトゲームの歴史を、
年度ごとに振り返ってみたいなと思っています。
まだちょっとしか準備していないので、
掲載できるとしてもしばらく先になりそうです。
何度もやろうとして諦めたことでもありますし、
やるとしたら分割しての連載になるのでしょう。
そうなると途中で力尽きる可能性も大きいのですが、
調べようとしてもかなり穴となっている情報の乏しい時期もありますし、
その辺りまではできるだけ書きたいなと。
この市場って、ときどきユーザー層がガラっと入れ替わったりして、
情報の断絶が結構ありますからね。
古い話など興味ないって人が大半でしょうが、
たまには変わり者がいてもいいじゃないですか。
というわけで、少しずつ進めていきたいと思います。



ここしばらくはネットにつなげられない、
或いはつなげても僅かしか時間が取れなかったりします。
出張等も加わりますので、
原則としてコメントの承認・返事は5月末までお待ちください。

この記事自体もかなり前に書いて、後は予約投稿ですしね。
1日30記事まで予約できるので、この機能は非常に重宝しています。
毎日新鮮な記事を書いている人もいますが、私には無理ですね。
別ブログは書く時間がなくて3ヶ月くらい放置したこともありますし、
ストック分がなければどうしてもそうなってしまいます。

このブログ自体はストック分がありますので、
もう少しは毎日更新できそうです。
とりあえず、あと一年は続けたいなと。
それが今の目標かな。
ある程度続けると更新したからといって人が来るわけでもないので、
回数を減らしていっても関係ないんですよね。
でもゲームの記事ばっかだと自分のモチベーションがもたないので、
また適度に関係ない記事も混ぜていこうかなと。
そうすると大体1日2記事くらいになって、これまでと同じ感じになるのかな
もちろん、ここはあくまでゲームブログですので、
ゲーム:その他を3:1くらいにするよう配慮はしていますけれど。



これまで個々の質を多少犠牲にしつつ全体の量を重視してきたこともあり、
古い記事を見返すとやっぱり書き足りないことが多いわけでして。
忙しい時期は下書きをそのまま掲載って感じになってしまい、
自分だけが分かっているような、
あまり人に読ませるのに相応しい内容になっていないものもあるんですよね。
自分だけなら普通だったとかつまらんってだけでも構わないのでしょうが、
購入した作品はどれも購入を決定付けるだけの、
何かしら惹かれた要素や魅力があるわけでして。
そういう良い部分は出来る限り入れていきたいと思いますし、
今後の最大の課題でもあるのでしょう。
まぁ、5月分までのはどうにもならないので、
6月以降の話になってしまいますけれど。
でも、具体的に褒めるのって難しいです。
特にストーリー面に因る部分が多い作品だと、
結局好み次第ってなりかねませんし。
そしてそれ以上に問題なのは、自分自身が結構忘れてきていることでして。
自分で書いた文章を読んで、
これこんなゲームだったんだと思い出すことすらあり、
難しい面も出てきています。
もっと記憶が鮮明なときに始めれば良かったなと、
今更ながらに思ってしまいます。



それにしても、何か無性にADVがやりたいな~
いや、別に読み物の紙芝居ノベルでも構わないよ。
ノベルだらけになることは嫌だけど、ノベル自体は好きだしね。
ただ、オタク臭というかラノベ臭というか萌えや厨二ありきというか、
そういうのが一切しないやつがやりたいのですよ。
今無性に懐かしいのは、『MY EYES!』とかですね。

ノベルといえば、分岐点はどこだったのだろう。
ノベル自体は80年代からあったし90年代後半に飛躍的に増えていったのだけど、
その多くは行動概念を伴っていたり、
プレイヤー=主人公ではないにしても、
プレイヤー≒主人公くらいの関係は保っていたわけで。
それがいつの間にか、どれもこれもプレイヤー≠主人公となり、
完全な読み物と化したわけです。
やっぱり2000年からなのかな。
あの年に変わったように思うのだけれど、
少し調べてみる必要はありますかね。

2000年、というかAIRの影響が大きいとするなら2001年以降なのだろうけど、
一時期からオールクリア必須のノベルが増えだしました。
ノベルと言ってもそのスタイルに流行り廃りはあるわけで、
90年代半ばのPC-98時代くらいまでは、
一本の大きなメインストーリーがあって、
そこから選択した内容に応じて枝分かれするスタイルが主流でした。

WINDOWSの時代に入ったころはEDが個別のキャラに対応する作品が増え、
今に通じるキャラごとの物語と個別EDのあるゲームが主流になりました。
そし個々の物語やEDは相互に関連していなかったことから、
興味のないキャラはあえてクリアしないって人も結構いたんです。
決して安くないお金を払うわけですから、
全部のキャラ・ストーリーを見ないと損って考える人も多いでしょう。
しかし自分が支払って得た物なのですから、
どう楽しもうとその人の勝手なのです。
一番好きなキャラしか攻略しないという潔すぎる人もいましたが、
その人がそれで価格分の満足を得られたのならば、
私はそれで十分なんじゃないかって思います。
興味がないのにあえて読ませる必要もないし、
評価に際しても好きなルートだけでの判断もありだと思います。

ところが、前述のようにゼロ年代に入った頃から、
オールクリア必須のノベルゲームが増え始めました。
(2000年の時点で既に幾つもあったので全てがAIRの影響とは言えませんが、
増えたことの背景にAIRの存在は皆無ではないのでしょうね。)
これには当然、大きな利点もあります。
まず関係のなかった個々のルートが1つになることで、
全体の統一感が生まれ1つの大きな物語が作れることです。
重厚長大な長編が高く評価されやすいアダルトゲーム市場では、
そういうゲームの方が高く評価されやすい傾向にあります。
またライターとしてもせっかく作った以上、
全部読んでもらった方が良いですからね。
オールクリア必須なら全部読んでもらえる上に、
上記のように評価されやすいから、作る方にも便利な構造なのです。

ただ、この構造に問題がないとは思えません。
たまにオールクリアせずに評価するなと言う人もいますが、
買った作品をどう楽しむかは本来その人の自由なはずです。
90年代後半的なノベルはシステム面でもその自由を許していたわけで、
自分が楽しめるものだけ楽しむことができたのです。
90年代前半的な枝分かれ分岐型にしても、バッドに興味がなければ、
最初からトゥルーめがけて進むことができます。
しかしオールクリア必須のノベルでは、それができません。
トゥルーや真実に至るために、全てのルートを強制させるわけですから。
強制されないならその部分は無視して評価しても構わないでしょうが、
強制されるならどうしてもそこに一定の時間を費やすわけですから、
評価の対象に加えざるをえません。
そしてその過程につまらない部分があったら、
悪く言われても仕方ないでしょう。
もちろん最後までやって評価が変わる場合もあるでしょうが、
途中のつまらない部分をマイナスに評価されても仕方ないと思います。
極端な話、つまらないからギブアップしてかなりの低評価となっても、
それは構造上仕方ないと思います。
つまりプレイヤーによって評価が割れやい構造とも言えるでしょう。
作る方の観点からすれば、以前はせっかく作ったのに、
読んでもらえないルートが生じるおそれがありました。
それを回避するためのオールクリア必須構造とも言えますが、
今度は一番見せたいラストにたどりつく前にギブアップされるおそれが生じたのです。
前者は少なくともプレイヤーにとって一番美味しい部分は食べてもらえますが、
後者は一番美味しい部分を食べる前に飽きられる危険があるわけで、
より一層低く評価される危険が生じたことも作る方は覚悟すべきなんでしょうね。
特にオールクリアに必然性を持たせるためにループものが多用され、
同時に持て囃された時期がありました。
しかしループものには同じものを見なければならないという問題もあるわけで、
ここに何らかの改善策を講じない後発のループもの、
具体的には2002年以降のループもので、
例えば腐り姫の演出による無駄のカットのような、
そんな改善策がない作品には私は軒並み低い評価をしています。

近年はボリューム増により、オールクリアに時間がかかります。
構造的にはオマケみたいな個々のルートを全部見て、
その後で最後にトゥルーが登場ってのも多いです。
でも私は、そこはむしろ逆なんじゃないかって思います。
時間のない人、余計な部分に興味のない人も楽しめるよう、
ファーストプレイで長くても10時間以内でトゥルーに達せられる。
そしていろんなキャラに興味がある人や、
もっと世界に浸っていたい人のために、
数十時間分のサブルートも用意しておく。
そういう構造の方が、多くの人が楽しめると思うんですけどね。
プレイヤーに楽しんでもらおうという視点ではなく、
せっかく書いたんだから全部読めと押し付ける視点の方が強く感じるのが、
一番の問題なのかもしれませんね。

関係ない話になってしまいましたが、ブログ自体はもう少し続ける予定です。
とりあえず今回は報告だけということで。
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 アダルトゲームのユーザー層の入れ替えは私の周辺だと学生から社会人あるいは家庭を築き我が子を持った時点で辞める方が多いように感じます。
ゲーム自体をプレイする時間が割けなくなるあるいはアダルトという特性上身近に置いては置けないといった事から。
そういった一定の世代層毎に入れ替わるのでその時点で流行っていたものから新しい世代層で流行っているものへ移行する傾向もあるかなと。
もちろんなにかしらインパクトの有る異なるジャンルの話題作を契機にその傾向のゲームが増えていき人気ジャンルが移ろいそれがユーザーに受け入れられていくといった傾向がある上で。
ゲーム全般の遊び事がいまだ継続してる私の場合は有りがたいことなのか家族の理解があり恐らく生涯の趣味事になりそうではありますが。

 ADV
強くお薦めとまではいきませんがYatagarasuの新作どうでしょうか。
キーワード操作のコマンド選択タイプで選択の煩わしさだけが目立つ可能性は有りますが体験版プレイの時点では低価格ソフトとしてほどほどのボリュームになりそうかなと、発売予定は今月末です。

 ノベルゲームの分岐点
年代や具体的なこの作品からというのは指摘できませんがLeafとKey作品が話題になり始めライトノベルゲーム人気に火がつき始めた辺りではないかなと。
それまでのプレイヤーが主人公として物語を読み進め切り開く事からゲームの主人公が行動しその結果として行動選択をするといった形式になっていったような気がします。
メインストーリー(トゥルー)が最初に選べてアフターストーリー(サブ)で作品の付随要素も楽しめるといった展開は私もまたもっと増えても良いのではと思います。
ライアーソフトの新作『屋上の百合霊さん』は比較的近い展開ではなかったかと思いますし百合系嗜好の方にも評価の高い作品となってますのでユーザーの要望も少なくないのではと。

 とはいっても国内ADVの大多数となったいわゆる恋愛ラノベ系の場合はネックだと思いますが。
ユーザー毎のヒロイン像の多様化と配役であるいわゆる声優買いされる方もいるのでメインストーリーで主軸に置かれたキャラ以外のファンユーザーは買い控えする恐れも無くはないと思われますので。
といって全ヒロインキャラに照明をあてようとすると無用な長編化とテーマ性が揺らぎやすいですし現状メインストーリーをまず展開する国内(恋愛)ADVはなかなかに難しいかと思います。
アニメやラノベ本ではオムニバス形式で複数ヒロインエンドを持ってきたりあるいは作品全体を登場人物たちの軽妙な関係やトークで乗り切ろうとしたり物語の開幕でインパクトのある設定付けをしてそのネタ展開が続く限り物語を進行させてユーザーの関心を薄れさせないように繋ぎ止める手法が見受けられますが。
ゲームも同じような方法で乗り切っていくのかそれともADVやノベルゲームとしてより味わえる何かが見出せるのかゲーム制作者に私は少なからずいまだ期待しているのですが。

返事が大変遅れてしまい、すみません。
確かにユーザー層の変化に生活環境の変化があるのは、完全には否定できないでしょう。
そういう意見はたまに見かけるのですが、私としてはそれは些細な問題だと思います。
どんな趣味だって忙しいときは離れざるを得ないし、一度離れても未練が残っていれば一息ついたときに戻ってくるものです。私の場合はアニメや少女漫画がそれに当てはまります。以前知り合った方でゲームをやりたい、でも読み物だけの今のADVには求めるものがないと言っていた方がおられました。こうも断絶してしまうのは、一度離れた層が戻ってこられなくなるような、作品の方向性の変化の方が大きいように思うのです。

>Yatagarasuの新作
まだチェックが及ばず知りませんでしたが、調べてみたら面白そうですね。
かなり好みの路線ですし、期待したくなります。
情報ありがとうございます。

>ノベルゲームの分岐点
大雑把に捉えるならば、葉鍵の台頭と時期が重なるのでしょうね。
ただ、私が混乱してしまうのは、リーフの存在って何だったのだろうってことです。他所がゲーム性を廃して読み物に向かっていったのに対し、90年代後半のリーフはその反対の方向に向かっていっています。リーフの影響みたいなのを語る文章を幾つか見ましたが、どれも強引にリーフを持ち上げるだけで、私にはその内容のほとんどが納得いかないものだったりするんですよね。

>国内ADVの大多数となったいわゆる恋愛ラノベ系の場合
この場合はどれがメインって置くよりも、全てのルートを等価にして好きなルートを好きな順にクリアできるっていうので構わないように思います。つまりは90年代後半の恋愛ノベルに多かったパターンですね。
最近は数が減ったのかもしれませんが、メインで強調したいものがある場合には、それを最初に見られるようにして欲しいってことですから。

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